大収穫!? ねじりまんぽもどき(笑)〜海老津炭鉱 運炭線跡〜

Category:レンガスキー コメント(17)
海老津に炭鉱があったのを知ってますか?
数年前、昭和初期の地図を見ている時に海老津駅の南東、奥まったところに海老津炭鉱というのがあり、駅まで運炭線が延びているのを確認しました。その後、空中写真や地図で確認したら、運炭線跡はほぼ道路になっていることがわかりました。ネット上で地図を最大まで拡大してトレースしていると、運炭線の下を潜って集落に抜ける道があり、トンネルの記号が付いている所がありました。これは現地で確認せねば!・・それから年月が経ちましたが、ようやく探索してきました。

運炭線跡の道路は確かに車1台分くらいの幅の道路になっており、道なりに進むと海老津駅まで抜けました。とりあえず運炭線跡道路とわかる所を往復したのち、今回の目的のトンネルの記号が付いた場所へ行ってみることに。モバイル地図を頼りに徒歩で探索。するとその場所へ続く、車がやっと通れるような道を発見。早速、登ってみることに。すると目の前に現れたのは煉瓦アーチ!

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おぉ、レンガスキー感激ぃ!の瞬間でした。結構高い位置を運炭線跡道路が通っていて(大蔵線の尾倉橋梁状態)盛土部分が広いので、思ったよりも長さはありました。とりあえず外観をじっくり見ていると、巻いている部分が変じゃないか?近くで見てみると。

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ね、ねじりまんぽ!?
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いやいや、よく見ると斜めに並んでないし

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単純に長手方向にシフトさせて斜めに架かってる感じでした。この形状のアーチは初めて見ました。珍しいものなんでしょうか?もしそうならば、ぜひ専門家に調査していただきたいですね。

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このアーチ橋、微妙に角度の付いた「くの字型」になっており、「斜め部分の煉瓦」「直線部分の鉱滓煉瓦」の構造になってました。海老津炭鉱の運炭線はエンドレスだったらしく、建設当時は煉瓦部分のみの単線で、あとからエンドレス形式にした時に鉱滓煉瓦部分を増設したのではないか?と推測したんですが・・どうなんでしょうねぇ?

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↓反対側はとくに目立った意匠もない平凡なものでした。

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こっちから見ると奥の煉瓦部分が斜めになっているのがわかります。

↓鉱滓煉瓦部分の炭鉱側には穴が空いている箇所がありました。建設時の足場の跡でしょうか?

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ここのエンドレスの写真というのは、どこかに残っているんでしょうかねぇ?
ぜひとも見てみたいです。

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コメント(17)

>PSPさん
コメントありがとうございます。
なるほど、そのような駅の記念誌があったんですねぇ。その手の本は地元以外じゃ、なかなか見かけませんから、一度図書館に足を運んでみたいと思います。
駅の歴史はまさに地元の歴史ですし、着眼点が非常に良いですね!

どうも初投稿です。

約9年ぐらい前、まだ自分が小学3年生の頃に、社会科の学習で岡垣のことを調べるというテーマで海老津駅のことを調査しました。

資料とかないのかと町の図書館で本を探していた所、たしか海老津駅90周年記念本があり、当時最盛期だった海老津駅と併設する海老津炭鉱の風景が写っていた写真が載っていたのを覚えています。

戦前もしくは戦後間もない頃に撮られたものと思われるんですがはっきりと覚えていません。

>golgodenkaさん
ニヤリな遺構発見に浮れてしまい、そばにある遺構を見逃すことは私もよくあることです(汗)
冷静に探索せねばいけないな・・と常々思ってるんですが(汗)
西鉄電車は子供の頃から何度も乗ってたんですが、皇后崎の変電所の存在には気付きませんでしたねぇ。
黒崎に行くまでのただの途中駅というポジションで眼中に無かったです。
その頃はそんな物は見ませんよね普通(汗)
それよりもその先、筑鉄との分岐点にwktkしてました。

@おっちー様

こんな新発見した時は山の中とかだと軽く叫びますが街中なので、ぐっとこらえて。。。

皇后崎変電所は帰宅後写真で初めて気がついてもっとゆっくり見れば良かったとちょっと
後悔。なにぶん『ねじりまんぽ』で有頂天になってしまったので。

そう言えばどっかで見たことあるな、と思ったらタケ様(ALL-A)が紹介していました。orz

この案件はこちらでもほんと少しずつですが継続調査を試みます。

>golgodenkaさん
先日はどうもでした。
偶然の発見だったんですね。こりゃ大興奮ですね!
まだ、現地確認出来ていませんが、近々行くつもりです。
都市伝説的(笑)運炭線と話が繋がるのか!?ただの道路橋なのか!?
謎が多い遺構ですね。
別アングルの写真に写っている皇后崎変電所もナイスです。

新発見(ワタシ的に)及びねじりまんぽ続きということで、こちらに紹介させて頂きます。

先日のゴールデンウイークで発見した西鉄北九州跡の皇后崎付近で発見したねじりまんぽについてブログで(超)簡単に紹介しました。

西日本鉄道北九州本線跡(熊西~皇后崎)【(仮称)皇后崎橋梁】
http://gnr-blog.spaces.live.com/blog/cns!60EE88759ADE7CD3!7154.entry

一体何のための橋梁だったのか引き続き調査を継続していきたいと思っていますが、福岡在住の皆さんもぜひ直接観察して頂けると幸いです。

同線跡には折尾高架橋以外にもねじりまんぽがあったとは知らなかったので、発見時は感激しました。小粒ながら比較的程度良く残っていることと、場所的にはかろうじて撤去の心配がなさそうな雰囲気です。

>golgodenkaさん
私もまさかの大発見でした。地元の方は特にそういった珍しいものという思いで見ていたわけじゃないでしょうけど。実に興味深い構造ですよね。庵田さんのお陰で『ポケット判 北九州・筑豊の近代化遺産100選』に掲載され、一部の方?に認知される形になりました。
合言葉は『上戸切集会所』で大丈夫でしょうね。現地はそこから少し南下した所から行くルートと、google mapで見ると集会所から運炭線跡道路へ続く道と階段があるようなので、そこから一旦道路に上がってアーチ橋跡横の細い階段を降りていくルートがあります。集会所と運炭線跡道路の位置関係が掴めていれば大丈夫だと思います。
実は、実地探索したのはアーチ橋付近から海老津までと、炭鉱があったと思われる付近だけなんですよ。その間のルートは遠目に見ただけなんで未探索です。空中写真で見ると、川を渡る橋が1ヶ所、県道87号線とクロスする場所に県道を潜ってそうな感じの場所がありますが、遺構があるかどうかは不明です。
煉瓦の穴はそういった使われ方をする場合があるんですね。水路と人道が並んでいるアーチ橋はよく見かけますし、どこか忘れましたが、道路下に水路があった箇所もありました。
VIPなこの物件、ぜひご自身の目で確かめてみてください。

遅ればせながら、この煉瓦アーチはすごいですね。かの鉄道構造物研究の重鎮小野田滋氏も筑豊のワンダーワールドっぷりに腰を抜かすでしょう。

今度のゴールデンウィークは約一週間筑豊近辺の調査に帰ることにしましたので、私もこの目で確かめたいと思います。

東京から行って迷子だと涙が出るので申し訳ないですが一点だけ教えてください。

当記事冒頭の内容を参考にここかなという場所は分かったのですが、合言葉は『上戸切集会所』で大丈夫でしょうか。

海老津炭坑の存在は所有する旧版地形図より把握していましたが、運炭線もすっかり道路化されているので、優先順位を下げていました。

しかし!! このアーチは別格です。一気に VIP となりました。本記事を公開していただきありがとうございました。

壁面の穴ですが、勝手な推測としてかつては水路兼道路であり、道路となる敷板を支えていた名残りではないでしょうか。幅が狭く背の高いアーチ橋ではしばしばそのような例がありようです。炭坑及び運炭線完成以前の旧版地形図を見ればヒントがあるかも知れませんね。

# ひょっとして持ってるかなぁ。

>チョビさん
実は私も何度か往復したんですよ(汗)
最終的には携帯のgoogle mapで確認して徒歩探索しました。
現地に行って気が付いたんですが、上の道路からアーチ橋下の道路に降りる細道があります。
人が通れるほどの幅しかありませんけど。

現地の確認に行って参りました。

結果はトンネルの上を行く失態をやってまいました。時間がなくその日は探検終了でした。

因みに炭鉱の遺構は何か残っているんですかね?

>blue filedさん

はじめまして。うちのサイトを参考にされてるとのこと、有難うございます。しょうもないサイトですがよろしくお願いします。

ようやく探索が出来て、まさかの煉瓦遺構。感動でした。
山間の小さな集落にひっそりと残っています。これからもずっと残ることでしょう。
ぜひ現物を見てみてください。

はじめましてblue filedといいます。
廃線と炭鉱跡を主に巡っており、おっちーさんのサイトは以前よりよく参考にさせていただいておりました。
で、海老津にも炭鉱があったことは聞いておりましたが、このように遺構が残っているとは驚きです!一度現地を訪れたいと思います。
今後ともよろしくお願いします

何?超収穫ですと!?
やはり珍しいモノだったんですね。しかも両サイドともとは・・。
う〜む、もう少し早く確認していれば掲載出来たと思うと残念ですねぇ。
別の機会で紹介するチャンスがあれば是非!

また訪れてみたいと思ってます。

ええっと、これは、大収穫ではなく、「超収穫」ではないかと!
鉄道関連の書籍にもそういった手法があることは記述しておりますが、少なくとも九州では全く存在しない、ウルトラレアもののアーチ橋ですね!
それと反対側の鉱滓煉瓦アーチですが、鉱滓煉瓦はもろいので、土木の材料として用いられることはきわめて希です(現用のものはJR小野田線にあるもののみ)。こちらもかなりなレアケースですね。、、、もう少し早く知っていれば、『筑豊の近代化遺産』に確実に載せたのに、、残念。

なるほど!

おっちーさん、ありがとうございます。

遠賀川〜海老津間の旧線跡道路よりも山側になります。運炭線は戸切小学校付近から南に下ると行きやすいです。炭鉱は平行してる県道から行くといいかと思います。

海老津に炭鉱があったなんて知りませんでした。

何回か探したときもヒットしなかったんで…

海老津炭鉱の引込線はどっち側にあったのでしょうか?

やはり、山側でしょうか?

海側のドラッグストア『コスモス』のとこにも斜めに走る遊歩道があるんですが関係ありませんよね?

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