2010年5月アーカイブ

嘉穂信号場跡 100530

Category:廃線・未成線 コメント(5)
おやつの時間(笑)頃からフリーになったので、ちょっくら行ってきました。
嘉穂信号場跡〜日吉巻揚踏切跡は道路工事が進んでいます。
踏切跡は完全に道路に引っ掛かっているようなので、近いうちに消えてしまいます。
レールはまだ残っていますが、道路とレールとで高さが違うように見えました。埋めるのは埋めるんでしょうけど、そのまま埋めるのか、撤去してからなのかはわかりません。

kaho_20100530_2.jpg

↓下山田側を見ると、どうろは県道の方に向ってるようで、信号機が残る線路跡は手付かずです。

kaho_20100530_1.jpg

次に来た時は踏切跡は無くなってるかも!?(汗)


●今日のおまけ

筑豊本線の踏切で待っていて、何が来るかな〜と思って見てたら、遠くで萌える(笑)カラーリングが見えました。DD51かな? なんて思いながら急いでカメラ準備(笑) なんとやって来たのはDE10!! しかも「マヤ検」でした。カメラが間に合わず、踏切を過ぎ去ってしまい、この構図。残念。

kaho_20100530_3.jpg

西鉄戸畑線で?

Category:廃線・未成線 コメント(10)
空中写真と昭和52年の鹿児島本線の信号機位置図を見比べていて、ん?な場所に気付きました。

↓西小倉駅の西側の鹿児島本線と日豊本線が分かれている付近の図(海側から見た図です)

daimon_hiagari_0.jpg

青文字は書き足しました。日豊本線の側線「中3」から分岐している側線が、向きを変えながら西鉄戸畑線に繋がっています。 えええ? そうなん? 軌間が違うのに何故? 乙種輸送? クエスチョンマークで頭の中が一杯になりました(汗)

空中写真で見てみると・・

daimon_hiagari_1.jpg

写真は位置図に合わせて、南北を逆転させています。位置図と空中写真を比較して、西鉄戸畑線と側線が繋がってそうな場所に★マークを付けています。西鉄戸畑線は大門〜日明間になります。
拡大してみると・・・

daimon_hiagari_2.jpg

位置図にある「新ガス」や「九車」の側線、日豊本線の側線から分岐していた引込線もそれ自体生きてたのかどうか・・。 見た感じ周りは空き地だしなぁ・・。西鉄戸畑線を見てみると、分岐っぽく見える場所があります。そこから下って、日豊本線からの引込線に繋がってるっぽい? 
「九車」って色々調べてみたら、西鉄グループの「九州車輌」っていう子会社があったらしい。
ソースはこちら→http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/8262/hiagari.html

詳しいことを知ってる方がおられましたら教えてください〜。

唐津線岸嶽支線で失態

Category:廃線・未成線 コメント(7)
唐津シリーズ最終回。

ダメ元で唐津線岸嶽支線もトレースしてみました。

唐津線岸嶽支線とは、1912年(明治45年)に開業した、山本駅から岸嶽駅の4.1km(T13・鉄道統計資料では、2M44C≒4,103m)を結んでいた支線。岸嶽線とも呼ばれたようです。貨物支線として開業しましたが、翌年に旅客営業を開始しています。その後は、いわゆる「赤字83線」の1つに含まれてしまい、1971年(昭和46年)に廃止されました。

以前、空中写真で確認したけど、イマイチ覚えていない・・。
どの辺で分かれてたのか、よく分からないまま山本から下ってみることに。
なんとなく進んだ道が岸嶽線跡だったようです。

山本駅から各線が分かれたところまでの空中写真は・・・

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これが撮影された1975年3月時点では、線路敷は残っていたようです。現在は筑肥線・唐津線と分かれた付近から岸嶽駅跡の先まで道路になっています。とりあえず線路跡の道路を進み、岸嶽駅跡付近まで来てみたものの、たぶんこの辺だったよなぁ?って感じで、よくわからん(汗) かつて岸嶽駅から続いていた運炭線も全くわからず、暗くなってきたし折り返して唐津に戻る途中にアヤシイもの発見。(上の空中写真の★部分)

kara_030.jpg

kara_031.jpg

上/山本側  下/岸嶽(牟田部)側

怪しげな橋台に「これは!?」と思い、とりあえず撮影だけしてきました。
敷設は古いはずだから煉瓦製じゃないのかな? いや後からコンクリートで補強したんやろ・・。しかし、桁を支える橋座がなかったなぁ・・。けど、単線幅で線路跡っぽいんだよなぁ・・・。

帰って空中写真で確認してみると・・・

kara_033_map.jpg

アレ? 線路跡は道路橋挟んで反対側じゃね?

やっちまいました。じゃ、あの橋台はなんじゃらほい?
事前準備の大切さを改めて感じました・・・(汗)


昨日・一昨日の続き。

●筑肥線旧線(虹ノ松原〜山本)/3 【久里〜山本間】

久里から先、松浦川までは堤防のレベルまで高度を上げてたようですが、跡らしい跡は見つけられませんでした。線路跡は畑になってしまい、トレース不可能でした・・。

ここでもう一度、久里駅の空中写真。

kara_047_air.jpg

★印はその2の最後で紹介した自動車修理工場があります。
畑側から見てみると・・・

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↑写真中心の白い建物がその工場。まわりの建物と比較すると、そこだけ向きが斜めになっています。
線路跡に建てられたのは間違いなさそうです。建物と畑の間には用水路があったように見えましたが、遺構があるかどうかは未確認です。撮影場所から山本側を見てみると・・・

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畑のド真ん中でございます。線路跡は既に自然に帰ってました。
松浦川の堤防付近はどうなっているのか見たかったんですが、ちょうど護岸工事中で進入禁止でした。残念。一旦、久里駅跡へ戻り、道路を下って山本方面へ向いました。

ここでも、道を間違えて住宅街の中に・・(汗) グルグルしてる間に山本駅横の小さな踏切に出て来ました。とりあえず、トイレ休憩で山本駅へ・・・。

ここで山本駅周辺の空中写真の確認。

kara_046_air.jpg

※ここからは探索方向が山本→久里方面になります。

古い駅舎に感動しながらトイレへ向うと、ニオイが強烈!! 「便所」と言った方がお似合いの「トイレ」でした。しかし、そうそう駅の便所はこれよ〜。と懐かしくも感じたり・・(笑)

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時間の都合で駅の中には入りませんでした。
探索再開ということで、駅前の信号待ちをしていたら興味深い杭を発見。

kara_100.jpg

「鐵道用地」と掘り込まれた用地杭がありました。いつの時代のもの? まさか唐津興業鉄道時代!?

再び先ほど迷って出てきた踏切へ。(空中写真/丸5)

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久里方面を見たところ。非電化区間はイイですねぇ!
写真中心のマンションを境に左側が唐津線、右側が筑肥線跡になります。
山本駅側の写真を撮り忘れたんですが、やはり、筑肥線・唐津線・岸嶽支線が集まっていただけあって、構内はかなり広く感じました。松浦川側の構内の一部は宅地化されていました。
次にマンションの方へ行ってみると・・

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↑空中写真/丸4の踏切(現在は廃止)から久里方向を見たところ。
マンションが線路跡に沿って斜めに建っています。この配置に思わずニヤリ(笑)

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↑空中写真/丸3のマンションの久里側から見たところ。写真右側に唐津線が通っています。
空中写真が撮影された当時は、写真を左右に貫いている道路は無かったようです。
この場所から久里方向を見てみると・・・

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左端に唐津線、右端の砂利道が筑肥線跡。この砂利道を進んで振り返ってみると・・

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↑イイ感じにカーブを描いています。奥には唐津線が見えています。
ここから久里方向へさらに進むと・・・

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空中写真/丸2
崩れかけた台形断面、転がり落ちてるバラスト、土留め、藪化した盛土・・・完璧です(笑)
横の細道の先では盛土が切れた感じで曲がっている!! 橋台来るか!? 久里側は何も無さそうだけど・・。
所々にバラストが見えるこの細道をダッシュで進み、横を見ると・・

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あった〜!! やっとまともな遺構に出会えた〜!!
空中写真/丸1
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昭和初期に開通してるからコンクリート製なのかな。
久里側には橋台はありませんでした。しばらくココを観察。

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ココまでザッと探索してみて、特に構造物の遺構が無く、物足りなさ・疲労感がありましたが、最後にこの橋台に辿り着いたことで、一気にテンションUPとなりました(笑) ココから松浦川の堤防まで盛土が続いていましたが、工事中だったので行けませんでした。
橋台をマジマジと観察して帰ろうとした時、土留めにヘビの抜け殻を見つけてしまい、猛ダッシュで車に戻ったことは秘密です(汗)

●おまけ
唐津線の煉瓦構造物。やはり、明治生まれの路線はイイ!!

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おわり。
昨日の続き。

●筑肥線旧線(虹ノ松原〜山本)/2 【東唐津〜久里間】

虹ノ松原〜東唐津間の踏切跡で見た線路跡の松。
マンション裏手にある松林。
東唐津駅跡へ続く川沿いの道路の横にあった線路跡の松林。
これ以上、松林は見たくないッ!!ってことで、現・東唐津駅高架下の旧線跡道路を鏡方向へ進むことに。

10年以上前に呼子線を探索した時には、線路跡は道路はなかった気がするんですが、
久しぶりに来てみると立派な道路が出来ていました。
↓現・東唐津と国道202号線バイパスの間の線路跡道路。鏡方向を向いています。

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この道路は久里駅跡まで旧線をトレースしています。現・東唐津駅周辺は、区画整理されていますが空き地が目立ちます。これから発展していくのでしょうか・・。実は東唐津駅には初めて来ました。私含め、昭和世代の鉄なら「門ヒカラ」で有名な、中規模ターミナル駅の東唐津を思い出しますが、今の東唐津は、駅名間違ってるんじゃないの?って思う程、長閑な環境下にありますね・・。

次の鏡駅。1977年度の空中写真は・・

kara_045_air.jpg

矢印が鏡駅。隣にあるのはガソリンスタンド。駅の前には道路が通っています。
その道路、現在は旧道的な感じになっています。
矢印付近から東唐津方向をみた写真がこれ↓

kara_0822.jpg

筑肥線現役時の頃からある道路と、新しく作られた道路が並んでいます。
なんだか、幸袋線幸袋駅跡の二瀬寄りにある、国道200号線と市道が並走する場所と被ってみえました。
線路跡は写真左側を通っていたようです。ガススタは撮影位置の背後移転したみたいです。

kara_082.jpg

上の写真の右側に鏡駅跡の石碑あります。

kara_081.jpg

写真には写っていませんが、背面に並ぶ住宅の壁面に琺瑯看板がありました。
鉄道を感じさせるアイテムの1つですよね。

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撮影してる時、自転車で帰宅中の高校生が「ピース、ピース」と連呼しながら去っていきました(笑)
この子らが産まれた時は既に鉄道は無かったんだよなぁ・・。
時間も無いので、隅々まで探索せずに、次の久里駅跡へ向いました。

鏡〜久里間も道路になっています。西九州道の唐津ICと接続しています。

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道なりに進み、いきなり急カーブに差しかかった所で、
アレ?線路跡は?駅は?と、しばらく彷徨ってましたが、その急カーブの所が久里駅跡でした(汗)
1977年度の空中写真では・・

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帰宅後、調べてみたら、おぉ!やっぱりここだと再確認しました。
駅跡は公民館になってて、ホームの鏡側先端付近に駅跡の石碑がありました。



kara_084.jpg

碑文の掘り込み文字の色が剥げてて読み難くなってました。結構前に建てられたんでしょうか。
開業時からの歴史や廃止となった経緯が書いてあります。
廃線路敷は昭和63年から県道拡幅・市道用地として利用されることになったそうです。

↓石碑前対面にあるバス停から鏡方向を見たところ。

kara_085.jpg

↓同位置から山本駅方向を見たところ。写真の右側に真っすぐホームがあったようです。

kara_086.jpg

線路跡道路はここまでで、その先の線路跡は、写真中心にある自動車整備工場を通っていたようです。

あと1回つづきます。

唐津シリーズその2
筑肥線旧線(虹ノ松原〜東唐津〜鏡〜久里〜山本)のプチ探索をしてきました。

●筑肥線旧線(虹ノ松原〜山本)/1 【虹ノ松原〜東唐津間】

まずは1977年度の空中写真で確認。

kara_048_air.jpg

旧・東唐津駅は頭端式で、博多・伊万里方面から来た列車は、この駅で進行方向が変わっていました。筑肥線電化の際に、未成線である呼子線の一部として工事が進められていた虹ノ松原〜唐津間が、筑肥線の新線として開業しました。同時に虹ノ松原〜東唐津〜山本間の筑肥線は廃止されました。この写真では、虹ノ松原から現・東唐津駅の間の高架橋工事が行われてるのがわかります。

写真の「撮影方向」と示したのが、

kara_074.jpg

旧・東唐津駅跡はホテル・駐車場になっています。まわりをグルグル廻っただけで細かく探索してません(汗) 川沿いの道路も構内の一部みたいだし、線路跡も松林に飲み込まれてるし、ここまで変わってしまったら何も無さそうですね。

次に博多・伊万里方面に分離していた付近。

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↓上記の空中写真内、丸1の虹ノ松原駅側にある踏切跡。

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縁石が残っているのですぐにわかりました。目の前には筑肥線の高架橋。
旧線が通っていた部分を見てみると・・・

↓虹ノ松原側

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↓東唐津側

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松林に飲み込まれてて、追跡する気になりませんですばい(笑)
「工」杭が1本だけ横たわっていましたが、旧線時代のもの!?
線路跡に育った松は少し幹が細い感じがしますね。自然に生えたものなのか、植樹したものかわかりませんが、どちらにしてもココまで育つ程、時間が経過しているんだなと感じました。

で、松林の中をトレースする気はサラサラ無いので、現・東唐津駅付近を探索。

↓空中写真丸2の付近から鏡側を見たところ。

kara_077.jpg

写真右側に現・東唐津駅があります。高架下からこっちに向ってカーブしてるのがわかりますね。

↓高架下のガードレールから旧東唐津側をみたところ。

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↓川を渡った所から東唐津側を見たところ。

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事前準備無し・空中写真の記憶のみで現地入りしたものだから、正確な位置がイマイチ掴めない中の探索でしたが、ここは斜めになった形状から、線路跡で間違いないなと思いました。
右隣にあるマンションの松林側に虹ノ松原方面の線路跡があったようですが、ホント、どこを見ても松・松・松だったのでよくわかりませんでした。写真も無しです。ただ、松林の中に細身の杭があって触診(笑)してみましたが、これもよくわからず・・でした。
分離点付近に移動してみましたが、これまた全くわかりませんでした・・。

次回につづく。

唐津線貨物支線 I

Category:廃線・未成線 コメント(4)
ちょっと用がありまして唐津へ行ってきました。
午後の用件を済ませて、日没後の次の用件までの間にウロウロ・・。
筑肥線旧線と唐津線貨物支線跡(相知炭坑)、岸嶽線跡を探索してきました。
事前準備無し、うろ覚えの空中写真・地図で行き当たりばったりの適当探索です(汗)
唐津線貨物支線跡の西唐津〜大島は行きそびれました・・。

まず、唐津線貨物支線(山本〜相知炭坑)をば。

いつもの空中写真で確認。

kara_050_air.jpg

鉄道統計資料によると、相知炭坑〜中相知信号場間は大正9年まで、40C≒804.6m(大正10年から51C≒1,026m・停車場変遷大事典では0.5M≒804m) となっています。恐らく、黄色矢印付近(40Cなら少し手前)に相知炭坑駅跡が、★印付近に中相知信号場があったと思われます。WEB地図でザクッと距離を測って空中写真と照らし合わせただけなので、正確な位置ではありません(汗) 元々の起点は中相知信号場(開業時は相知貨物支線分岐点、その後、数回改称)でしたが、昭和5年に山本に変更されています。相知の方が距離的にも近いし、配線的にも都合が良さそうな気がするんですが・・。

1.踏切付近

kara_050.jpg

貨物支線跡には側線があり、延長上には車庫がありました。
相知側(手前)を見ると、車庫がある所からこっちに側線が延びていたのでは?
と想像出来そうな敷地がありました。違うかもしれんけど(汗)なんとなくの直感です(笑)



2.車庫の裏側(相知炭坑側)

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車庫から先の線路跡は道路になっています。ここから思わずニヤリの曲線が続きます。



3.車庫の先の曲線部分

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実に線路跡っぽい曲がり具合ですよね(笑) イイ感じです。
向きは違いますが、筑豊本線小竹駅から新多に向う貨物支線跡と重なって見えました。


4.上の地点から相知炭坑方向を見たところ

kara_053.jpg

画像中心の轍がある農道が線路跡と思われます。
そのまま緩やかな右カーブで進み、鉄塔の下あたりを抜けていたようです。
空中写真を見ると、その先に相知炭坑駅があった感じです。
あてずっぽうの探索で時間の都合もあり、そこまで行けませんでした(汗)
現在は道路になっているようです。

久しぶりの初めての地での適当探索。面白かったです。細道をグルグルまわったり、歩いてみたり。
筑豊の廃線群と違って基礎知識ゼロに近いですので、勘違い・誤情報があったらスミマセン・・・。


From the air

Category:廃線・未成線 コメント(10)
先月から修正してた「From the air」が、とりあえず形になりましたのでUPしました。

http://otchee.com/air/index.html

air.jpg

URLを変更しましたので、リンク、ブックマークされてる方はお手数ですが修正をお願いします。
以前公開していた分の修正、新規で作成した分を加えて少しボリュームがアップしました。
筑豊地区を中心に、1974年度、1981年度分の空中写真を使用しています。
当時現役で動いていた路線はもちろん、既に廃線となった路線や注目すべき設備等も編集しています。
今後も随時追加していく予定です。

外見は殆ど変化はありませんが、HTMLは全て書き直しました。
それぞれに説明コメントを付けていますが、内容の誤り等や
見え方の不具合等があればこのエントリーにコメントしていただけると幸いです。





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