2009年6月23日アーカイブ

直方で「工」

Category:廃線・未成線 コメント(11)
ちょっと前に直方の石炭記念館へ行った時に、?な「工」を見つけたのでUPします。

丸の中(直方市民体育センター)の●印に「工」がありました。

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歩道橋の先、道路挟んで向こう側は、かつてラウンドハウスがあった場所。
今は気動車や電車の留置線になっています。

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体育館のそばには折れた「工」

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体育館の反対側、路地を挟んだ民家の前にも「工」

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体育館の入り口付近にも「工」

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何があったんでしょうねぇ?線路?官舎?関連施設?

これ見て思い出したんですが・・・
明治45年の「福岡鉱山監督署管内鉱区一覧/筑豊四郡煤田分布圖」の地図を見ると・・

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直方駅から支線が延びています。
これと現地の地形と道路を照らし合わせて、ルートを想像すると・・

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こんなルートかなぁ。

同じく、明治45年の日本全国鉄道線路図(鉄道院)を見ると・・

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こちらには表記が無い。また、停車場変遷大事典にも直方からの支線は載っていない。
ということは、現・筑豊本線の貨物支線ではなく、ただの運炭線だったのでしょうか?
国会図書館の資料を見る限りでは、大正以降の資料にこのルートの記載はありませんでした。
旧版地図を閲覧すれば、どのルートでいつぐらいまであったか分かりそうですね。

話を「工」に戻すと、結局はなぜここに「工」があったのかは分からないままなんですが、明治末期まであった運炭線の用地を買収して何かに再利用していたが、国鉄末期に売却したので「工」だけが残った。こんな感じでしょうか!?



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