日田彦山線・呼野駅は北九州から田川地区へ抜ける金辺峠の手前に位置し、金辺トンネルへ続く勾配の途中にあります。そのためスイッチバック形式の駅になっていました。石原町から峠への上り坂を登ってきた来た下り列車はそのまま呼野駅ホームへ進み停車。その後、進行方向が逆になり石原町方向へバックします。ホーム手前のシーサスクロッシングを経て引上線へ進んで停止。そこから加速をつけて金辺トンネルへ進んでいました。このスイッチバックは1983年まで使用されていたようです。画像にポインタを置くと線路の位置が表示されます。
小学生の頃、愛読していたコロタン文庫(ナツカシ・・)の国鉄駅名全百科、呼野駅にはスイッチバックを表す「S」印が付いていました。当時、折尾に住んでいて「こんな身近にスイッチバックがあるなんて!よーし大回りで見に行こう!」っと気合い入れて乗ったはいいものの「あれ?普通にホームに停まってそのまま進んで行きよぉやん・・(泣)」スイッチバックはどこ?コロタンの嘘つき!・・それもそのはず、あとから知ったんですが、ほとんどの旅客列車は勾配上のホームに停車し、旧ホームへ入線するのは一部の旅客列車と貨物列車だけだったそうな。
この駅に来たのは何年ぶりだろうか?大学生の頃はまだ駅舎が残っていてとても雰囲気が良かったんだが・・。旧下りホームはまだ残っていました。旧上り線もレールが残っています。左に見えるのが現在のホーム。現役ホームがなければホント廃駅の風景ですな。この位置の背面には旧上りホーム、旧下りホーム末端部分があったのですが、現在は埋められておりその姿を見ることが出来ません。
旧上り線から旧下り線と駅舎跡を望む。駅舎は消えてしまいましたが、トイレだけは残っていました。男子トイレはフルオープンで列車から丸見えです(笑)
スイッチバックの引上線跡を見るために呼野駅からしばらく歩いてみました。上り列車に乗って呼野を出ると進行方向左手にこの引上線跡が見えます。見る度にいつか行かなくては・・と思っていましたが、ようやっと現地に来れました。
こんな細道のために立派な石積みの橋台が残っていました。抜けた先には小さな神社があったので、なるほどなと思いました。
軽自動車がギリギリ通れるぐらいの幅員です。車で来なくてよかった・・・。近くで見るとそれなりに高さがあるので単線分と言えども迫力があります。
こちらは反対側。橋台の間から本線が見えています。さてこの上にはレールは残っているのか?ワクドキしながら法面を登ってみました。