鴨生駅跡
1987年頃。まだ道路が出来る前で、廃止してそのままといった感じで、いい具合に荒廃しています。
鴨生駅跡
1987年頃。上の写真の位置から駅舎側に下がって見たところ。石炭積出のための側線が多く並んでおり、広い構内だったことがよくわかります。
漆生駅
1986年頃。ホームは島式ですが、写真左側の線路は行き止まりになっています。
漆生駅
1986年頃。写真右側に停車中の列車は、恐らく漆生駅で折り返す豊前川崎行きと思われます。この線路は鴨生側で行き止まりになっています。途中駅でありながらこのような構造になっているのは、油須原線の起点(終点)となる計画だったからでしょう。ダイヤもこの駅で系統が分割されており、才田駅を通る列車は全て豊前川崎行きでした。下鴨生発下山田行きという起点終点で完結する列車は無かったと思います。
漆生駅
1986年頃。この駅からも石炭積出が行われていたため構内は広い。
才田駅跡
1987年頃。まだ道路になる前なのでホームが長い。今は待合いベンチがある所しか残っていません。
才田駅跡
1987年頃。右側のレールが外されて内側に寄せられています。踏切ガードレールは、奥に見えている線路を横断している歩道(踏切)部分に使われていたものでしょう。