■日鉄嘉穂鉱業所大分坑専用線 ■2005.5.17.追加更新/改訂
(2000年秋頃探訪分) 以前、日鉄嘉穂鉱業所の専用線があったことを文献で知り、いつか探索せねばと思い今回やっと行く機会が出来ました。遺構としてはこの橋台しか残っていなく、他は見当たらない。というのも、筑豊本線の桂川から嘉穂鉱業所大分坑まであったこの専用線は、途中まで今の篠栗線のルートを通っていたらしい。専用線が廃止されてその跡を鉄道建設公団が日鉄から買って、今の篠栗線を敷設したようだ。この橋台付近は一面田圃で、築堤・路盤のようなものは一切見当たらない。唯一現存する遺構だ。奥に見えるのは電化に向けて架線柱が立つ篠栗線(桂川〜筑前大分間)。

遠くから道路沿いに走っていると田圃の中の雑草にまぎれているので、なかなか発見しにくい。この橋が渡っていたと思われる川沿いを歩くと発見できました。破棄されてかなりの年数が経っているにもかかわらず、今もなお残っているのには驚いた。これからもよほどのことが無い限り残るのではなかろうか。
この橋台から田圃を挟んだ延長線上には農道があり、いかにも鉄道特有のゆるやかなカーブ的な道になっている。この道が専用線跡と思われる。この道を先には進まなかったが、付近の道路を巡ると確かに嘉穂鉱業所大分坑のあった辺りまで続いているように思えた。
(これより、2003.4.27追加更新) 最近、久しぶりに篠栗線に乗ることがあって、桂川〜筑前大分間の車窓から、あのへんが日鉄嘉穂鉱業所の専用線のあったルートやろうなぁと想像しながら見ていると、川にアヤシイコンクリート構造物を発見してしまいました。そこで、後日近づいて見ることにしました。
まわりが田圃に囲まれていて、路盤跡など全く想像できないところにポツンと残っていました。上に載っている橋台跡とは少し距離はあるものの、舗装された農道で一直線に結ばれていたので、間違いないでしょう。 マネキンの案山子が不気味でした(笑)
前回アップした橋台跡が唯一の遺構ではなかったようです。こちらもよく残っていたものですね。 奥に見えるのは篠栗線の築堤です。
(これより、2005.5.17追加更新) 脚長ヲヂサン氏より橋台跡がまだあるよの情報を頂きました。うちから近いところにあるのにこれは不覚でした。あたしもまだまだですな・・。
これまで発見した橋台跡は、篠栗線から分かれて3ヶ所。ここだけは片側しか残っていませんでした。空中写真と今の道路を見比べると見つけやすいですね!
写真は1974年のもの。
初めて見つけた遺構は真ん中の黄色矢印の橋台跡。その後、篠栗線の車窓から見つけた右黄色矢印の橋台、そして炭坑施設に一番近いところにあった橋台跡。その先にはホッパーのような施設があるのが見える。画面中心付近の線路跡から左下に延びる直線も何かアヤシイ。写真はカットしてるけど、その先には炭坑施設があるし・・。