線路跡は国道に対して山側を通っています。
途中、国道の真横を通る所があり、ここでもコンクリート橋跡がよく見えます。
↑廃貨車と廃線の奇跡のコラボ!?(笑)
川に架けられたコンクリート橋は殆ど残っています。一部ではトンネル跡もそのままです。
途中で線路跡の道へ行ける所もありましたが、国道から大隅境駅跡へダイレクトに続く道を進みました。
●大隅境駅跡
ここはこれまでの数駅と違って公園として整備されていました。
擬木の標識柱が古く、新城駅跡の公園と同じタイプのものだったので、同じ頃に整備されたのでしょう。
公園名は「牛根境鉄道記念公園」となっており、駅名ではなく、地区名が付けられていました。
園内にはトイレや東屋、遊具、車輪が設置されていました。
線路跡はここの少し上を通っていたようで、階段で繋がっています。
この駅は交換可能な駅だったようで、敷地が広い感じでした。
その広い敷地一杯に桜の木が植えられており、この日は時期的に丁度良く、満開でした。
↓ホーム跡から海潟側を見たところ。
↓国分側を見たところ。
桜並木の下に「鉄道跡地造園記念碑」がありました。それを見ると出来たのは平成6年のようです。
↓大隅境駅/1974年度・空中写真
この駅跡の先にはトンネル跡がありますが、通れないので国道へ戻って次の大廻駅跡へ進みます。
この間も国道と並走して遺構が見える所があります。
海岸沿いを進む線路跡は、片盛土・コンクリート橋・カルバート・トンネルで進んでいきます。
●大廻駅跡
大廻駅跡の前後は道路になっていますが、駅跡がさっぱりわからん・・・。
空中写真と現況を見比べて、だいたいこの辺やろ・・という場所で撮影しました。
↓大廻駅/1974年度・空中写真
ここから先はしばらく線路跡道路が続きます。
>倫堕さん
そう。油須原線、呼子線、高千穂新線で見られたあのタイプのやつですよ。
あの手のコンクリート橋=鉄建公団と思う気持ち分かります(笑)
あの頃に造られたものは、どれも似た感じですもんねぇ。
廃線跡>廃止後、今まで残ってるってことは、わざわざ金かけて撤去する必要も無いと判断されてたり!?公団建設区間は、例によって橋りょうやトンネルが多いし・・。道路化されず廃線敷がそのまま残っている所もあるので、今後もしばらくは大丈夫か・・な!?
確かに公園が多いことに感心しましたね。特に旧古江線区間は楽しかったですねぇ。
コンクリート橋が鉄建公団ですね。
国道に対して山側を走る廃線跡・・・・末永く残る事を祈ってます。
駅跡が完全に消滅しているところもありますが、公園の数は群を抜いているのでは?ありがたいことです。