2010年7月アーカイブ

戦前空中写真

Category:空中写真 コメント(3)
国土変遷アーカイブで戦前の写真がUPされていたので、とりあえずメモメモ・・。
あとでじっくり見ることにしよう。

●筑豊本線
筑前中山/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C10&photono=115
筑前植木/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C10&photono=113
現・新入付近(気動車区はまだ無く、鞍手軌道の道筋がハッキリと分かる)
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C8&photono=90
直方/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C5&photono=52
勝野/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=29
小竹/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C1&photono=6
新多/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C1&photono=7

冷水トンネル山家側/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=H3750&courseno=C4&photono=45
筑前山家/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=H3750&courseno=C5&photono=58
原田/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=H3750&courseno=C3&photono=28

●伊田線
嘉麻川橋梁付近(トラックのようなものは直方競馬場跡か?)
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=28
中泉駅と貨物支線/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=27
大城第一・第二/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C2&photono=16
赤池/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C1&photono=2

●鞍手軌道(駅の場所はよく見えない・・)
直方付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C6&photono=64
知古付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C7&photono=77
天神橋付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C8&photono=90
新入〜鴨生田付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C6&photono=65
粥田橋付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C4&photono=42
本城付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C4&photono=43
宮田付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=32
羅漢〜長井鶴付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=33
長井鶴〜芹田付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C4&photono=46
芹田〜福丸付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C4&photono=47
福丸/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=35

●貝島
六坑付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C4&photono=45
菅牟田付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C2&photono=20
菅牟田〜庄司採砂場付近/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C1&photono=8

●宮田線
筑前宮田/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=32
磯光/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=30
勝野/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C3&photono=29
菅牟田/http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C2&photono=20

●筑豊鉄道(真名子〜野面あたり)
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=B14&courseno=C10&photono=111

キリンゼロ

Category:廃線・未成線 コメント(2)
と言ってもこれじゃなくて・・・

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こっちの方ね。キリンビール福岡工場専用線跡の「0キロポスト」

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5年前に行けなかった部分の探索です(汗) 今回はここだけですが・・。
上の写真は太刀洗駅方向。奥に駅が見えています。
専用線の起点はここだったようです。田んぼとの境界には「工」杭が並んでいました。

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「0」の文字はかすれて見え難いですが、なんとか読めます。

↓こっちは工場側。甘木線としばらく並走した後、工場の方へカーブしていきます。

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嫁から戻れコールがあったので(汗) 写真は無いんですが・・・
国道500号線とのクロス部分に残っている橋台は、起点側のみとなっていました。
工場側の橋台は低い土留め程度ぐらいの高さを残して撤去されていました。工場へ続く盛土もありませんでした。


中央軌道橋台跡!?

Category:廃線・未成線 コメント(2)
先日、用があって甘木方面へ行ってました。
時間が空いたので、甘木・大刀洗・秋月あたりをドライブしてました。
適当に走ってた訳じゃなく・・・、キリンビールの専用線跡や甘木鉄道などポイントは押さえつつ(汗)
この辺はその昔、軌道が通っていたので、その路線図をぼんやりと思い浮かべながら、
旧三輪町の依井あたりから大刀洗へ抜ける道を走っていると、
畑の中(といっても歩道からすぐ)に怪しげなコンクリート構造物を発見。

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こりゃ、どう見ても橋台跡でしょ!?

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少し斜めになっていました。草むらの中にはバラストっぽい石もゴロゴロと。
これはもしや、どこぞの軌道の跡かもしれぬ・・・。

そう思って、帰ってググってみてら、遺構の情報はなかなか見つかりませんでした。
頭の中ではザックリした路線図しか無く、どこが何軌道とかは曖昧でした(汗) 
とりあえず、依井から大刀洗を通って田代方面へ中央軌道という鉄道があったことがわかりました。
開通は1921(大正10)年、最終的には朝倉軌道の一路線として1940年に廃止になっています。
詳しいことは、wikiや鉄道旅行地図帳12号を参照ということで・・・。

場所はこちら↓



国土変遷アーカイブを見ると、この場所を線路跡っぽい線が通っているのがわかります。
そのまま辿っていくと、空襲で更地になってしまった大刀洗航空機製作所跡そばへ抜けます。

この橋台は依井側のみ残っていて、大刀洗側はありません。
橋台の角度の合わせて大刀洗側を撮ってみました↓

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国土変遷アーカイブの写真と照らし合わせてみると、畑を斜めに進み、途中緩やかな左カーブになり、
中央に見える森の右側を通っていたように見えます。
その先は集落の端を通り、大刀洗航空機製作所付近で、道路と並走していたように見えます。

このエリアの廃線については、ド素人ですので(汗)
これは間違いなく中央軌道の橋台跡という自信があまりないため・・「!?」にしてます。


●参照サイト
http://homepage1.nifty.com/pyoco3/asakura/asakura.htm

いいよね。この色。

Category:車両 コメント(3)

筑豊本線にキハ65+58が走るというので、ちょろっと撮ってきました。
昨日は車の点検に行く途中に。今日は煙草を買いにと、外出のタイミングがバッチリ合いました。
列車を撮るのは得意じゃないのでスナップ的ですが(汗)

●昨日の「はんだ」
現役時のルートは違・・・と野暮な考えはやめましょう(笑)

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●今日の「くまがわ」

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やっぱり最高ですよ。この魅惑のツートンカラー。
ただ、窓枠の色が・・。シルバー部分が良いアクセントになってたんですが・・。
あと、タブレットキャッチャー、鉄格子、よく見ると「架線注意」も欲しいところ(汗) 言い出すとキリがない!?
まぁ、それでも国鉄車輌ファンには走ってくれること自体が嬉しいですよね。

通勤時間は5倍

Category:雑記 コメント(5)

(つづき)

とりあえず200号線のバイパスに乗って北上せねば・・・
(注・超ローカルな地名が出てきます)

↓川島橋

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鯰田駅から遠賀川の土手を上流へ進み、川島→立岩交差点から行こうとするも冠水。
川島から旌忠公園へ抜けるも、新飯塚向きに大渋滞。仕方なく浦田方面へ進むも冠水。
戻って愛宕踏切を渡り、愛宕団地・オートレース場を通って鯰田炭鉱専用線跡道路から行こうとするも冠水。
オートレース場から近大前へ進み、仁保から頴田に向うと、
途中、湖と化した田んぼから水が溢れ、車線半分冠水してたけど何とか通過。
目の前に200号線バイパスが見えてきた所で大渋滞。200号BPも動いてない様子・・。
横を流れる庄内川は完全に溢れてました。

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このまま渋滞が続き、庄内川が道路に溢れてきたら孤立しそうだったので、
戻って貴船神社前から200号BPの佐与交差点へ。とりあえず国道に乗るも大渋滞。
ここでラジオから、直方の中泉・下境で冠水で通行止めの情報・・・。えええ! そこから続いとんのか?
仕方ないので遠賀川の土手経由で北上するルートに変更。しかし、動かない。
佐与交差点を突っ切って、畝割まで抜けてた方がよかったかも・・気付くのが遅かった(汗)
何十分かかったやろ・・・何とか畝割→口原→小竹上町交差点へ脱出し、遠賀川の土手の200号線を北上。
こちらも交通量は多いけど、バイパスよりも流れはスムーズ。

↓たぶん小竹駅近くのふれあい橋

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↓小竹〜勝野間

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↓鴻の巣橋

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↓南良津の踏切付近

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↓画面中心付近に宮田線のガーダー橋跡が見えています。

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↓南良津川橋りょう? スレスレまで水位が上がってました。

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↓平成筑豊鉄道・嘉麻川橋りょう

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デンジャラスゾーン突入で列車の運行は当然ストップしてます。
煉瓦橋脚に激しい濁流が容赦なく襲いますが、しっかりと耐えています。

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↓勘六橋

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日の出橋の先の筑鉄ガード下は左岸・右岸とも水没してました。

↓中島橋

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↓山陽新幹線・遠賀川橋りょう(楠橋ポンプ場前付近)

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ここで携帯電話電池終了。この先は難なく職場まで行けました(汗)
通勤時間はいつもの5倍。MT車じゃなくてよかった・・。
もう豪雨はゴメンですばい。


豪雨 7.14

Category: コメント(2)
ここ数年、梅雨の終わりにとんでもない豪雨が襲いますが、今年もやられました・・。
前日も山間部で大雨となり、遠賀川の水位はグングン上昇してました。
夕方以降、引いてきたので安心したのも束の間、翌早朝から土砂降り。
昨年の豪雨、2003年の大水害を思い出し、心配になって、いつもより早く家を出て、
嫁の実家に行こうとすると・・・、浦田駅近くの道路が冠水で通行止め。
仕方なく、立岩→川島→遠賀川の土手を走り、鯰田付近へ行くと、郵便局前が冠水して通行止め。
先に進めないので、とりあえず駅に車を置いて、本町通りを歩いていくと・・・

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鯰田小学校前。ここまで冠水しとる・・。2003年はこの時点で腰まで浸かってたような・・。

まずは、ここを突破して家へ向い、畳上げの加勢しなくては。
幸い、床上浸水には至らなく、ギリギリセーフでした。

ひと通り終えてから、交差点に戻ってみると少し水かさが増したような・・

↓頴田方向

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↓簀子町方向

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↓世尊寺方向(この車、ずっと止まってました。突破して水を吸い込んだ!?)

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↓本町方向

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油が浮いてたり、ゴミが浮いてたり、ドブの臭いがしたり・・・後片付けが大変なんですよね・・。

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鯰田橋もこのように川と道路の境界がわかりにくくなってます。親柱の奥が川で手前が歩道です。

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↓こちらは下流側。

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駅まで戻り、車で仕事へ・・・。

冠水道路を上手く迂回して職場へ辿り着くことが出来るのか!?

続・西鉄戸畑線で?

Category:廃線・未成線 コメント(2)
前にUPした記事の現地調査編です。

今の西鉄青葉車庫に西鉄系列の九州車輌という会社があったそうです。
日豊本線からの引込線、西鉄戸畑線からの引込線が通っていて、
西鉄だけではなく、様々な車輌を扱っていたようです。

まずは、西鉄戸畑線とクロスしていた日豊本線の踏切から。
左が南小倉、右が西小倉になります。

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国土変遷アーカイブの空中写真などを見てみると、
日豊本線からの引込線は写真中央の倉庫と左端の建物の間を通っていたようです。
現地に立ってみると、う〜んここかなぁ?って感じでこれといった痕跡は見つかりませんでした。

踏切の手前には、西鉄杭が残っていました。ちょうど橋台があったあたりでしょうか。

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↓戸畑線跡の道路から先ほどの踏切方面に降りる階段から引込線分岐方向を見たところ。

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引込線は真正面にある住宅の左隣を通っていたようです。
探索している時に、ちょうど、この家の家主のおじいさんが玄関から顔を出して、
「この先は行き止まりよ〜」って話しかけてきたので、こちらも話を振ってみると、
九州車輌と戸畑線・日豊本線からの引込線があったことを教えてくれました。

九州車輌の跡地は青葉車庫になっていて、塀の向うを覗いてみると色んなバスが並んでいました。

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見てビックリ。私が子供の頃のカラーリングの観光バスがありました!!
車体は違いますが、懐かしい〜。

西鉄戸畑線跡は道路が拡幅されて、当時の面影を見つけるのは難しい感じです。
下の写真は戸畑線跡と下り勾配の引込線があったと思われる場所から大門方向を見たところ。
イマイチよくわからん(汗) 先ほどの家が奥に見えています。

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西鉄戸畑線からの分岐点は、過去の空中写真と今のを見比べると・・・だいたいこの辺?

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変わりすぎてよくわかりませんな・・(汗)


嘉穂信号場跡 100704

Category:廃線・未成線 コメント(7)
着々と進んでいる嘉穂信号場跡の県道工事。
日吉巻揚踏切が消滅したとの情報を聞いたので、いつものように娘昼寝対策ドライブで行ってきました。

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踏切跡から下山田側を見ています。
どこに踏切?どこに線路?って感じですが(汗)
右端のユンボから横方向に道路があって、写真中心付近に踏切がありました。
線路跡は奇跡的に道路工事から外れてて、写真中心奥に信号機とともに残っています。

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↑炭住跡へ抜ける細道から踏切跡を見たところ。ここまで手が加えられると、
どこに線路があったか、もうわかりませんね。

踏切跡の工事が始まったため、仮設の回り道が出来ていました。
車が放置してあった竹薮、踏切機器があった裏側あたりになります。

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バスの転回場があった所も道路工事にかかっているため、様子が変わってしまいました。
辛うじて残った敷地に廃材が置かれています。

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この「くの字」のレールは踏切跡から剥がしたものか?
そばには踏切で使用されてたっぽいコンクリートブロックが放り投げられていたので、
踏切跡を撤去して道路を新設したようですね。

「さようなら、日吉巻揚踏切」


浜小倉駅跡

Category:廃線・未成線 コメント(8)
先月、西鉄戸畑線の引込線あたりを探索した際、浜小倉駅跡も探索してきました。

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↑ココが浜小倉駅跡です。ただの駐車場じゃないかって?

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この広い駐車場と建物全部が浜小倉駅跡です。現在はコロナワールドという複合商業施設に生まれ変わっています。
かつては線路が何本も並び、コンテナ貨物のターミナル駅として活躍していました。
ここまで全体的に変わってしまうと全くわかりませんね。

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戸畑側(写真奥)へ進んでいくと、だんだん敷地が先細になってきます。
逆方向で考えて、戸畑側にあった引き上げ線から手前側に向って分岐・分岐・分岐で広がってく感じがわかります。
鹿児島本線と駐車場の境にある建物を見てみると・・・

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「浜小倉」の名が残った表札?が残っていました。

さらに奥へ進むと・・

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駐車場はここまで。その先は枕木が敷き詰められていて、奥の引き上げ線跡へ続いていました。

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廃材再利用ということで、コンクリート平板の替わりに敷き詰めたのかな?
しかし、何とも言えぬ中途半端感・・(汗)

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わざわざ作った植樹枡もなんか寂しい・・。

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廃材利用は評価出来るけど、なんか中途半端だなぁ。公園造成版未成線って感じです(汗)

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↑左奥に見えるマンションの手前まで複線の引き上げ線がありました。
そこまで行きませんでしたが、交互にシフトさせながら並べられた枕木もそこまで続いているような感じでした。
今後、何かしらのアクションがあるのでしょうか? それともこのまま放置!?


鹿児島本線側にはこんな物が残っていました。

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森松避溢橋

Category:鉄道 コメント(6)
西鉄北九州線を探索したついでに、以前より近くで見てみたかった場所に行ってきました。

鹿児島本線・折尾〜陣原間にある「森松避溢橋」です。

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車窓からは一瞬で通り過ぎてしまい、よくわからないんですが、
桁と地面との高さが異常に低く感じる・・・一応、歩道もあるので通行は可能なのか!?
実際に行ってみると、閉所恐怖症とはいかないまでも低い天井が苦手な方は完全アウトな低さでした。

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桁下でしゃがんでいる小学生と比較してもわかるようにかなり低いです。
私は中腰でも頭が付きそうでした。自転車やバイクでの突破は無理でしょうな。
コンクリートの桁は筑豊短絡線の複線部分のみで、鹿児島本線は上下線別に鋼製の桁が架けられてました。

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↑鹿児島本線の桁と橋脚。目線よりも若干低い位置で撮影しています。頭のスグ上には線路。
カーブしてるので思いっきり傾いてますね。これを撮影していると、列車が来る気配が・・・

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背後からソニックが猛スピードで駆け抜けて行きました。
マジでビビりました。思わず桁下から抜けてしゃがみ込んでしまいました。
ゲホッ、ゲホッ。なんか降ってきてるし・・。

折尾駅の東側にある架道橋も低くてビビりますが、その上をいきますね。ココは。

↓こちらは北側

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この橋脚を見ると、アンカーの跡っぽいのが残っているし、手前にもう1線分あったのかな。

避溢橋ということは、ココは金山川の溢れ対策として周囲に水が溜まらないようにしてたんでしょうね。


桁下で遊んでいる小学生たちに「何しよぉ〜とぉ?」と話しかけると
「ザリガニ捕りよぉ」と楽しそうに返答してくれました。
私も子供の頃やってたなぁ。赤くて大きなヤツは「アッカン」って呼んでて、釣れたらヒーローでしたな(笑)



西鉄北九州線跡/4

Category:廃線・未成線 コメント(6)
(つづき)

今度は陣の原→皇后崎→筑鉄分岐付近まで行ってみましょう。

陣の原〜皇后崎間は、専用軌道跡がそのままの所、
撤去されてJR陣原駅周辺整備で道路になってしまった所、
謎の社会実験(笑)バス専用道になってしまった所に分けられます。

専用軌道跡が残る区間には、当時の標識や煉瓦橋台が残っています。

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JR陣原駅付近から専用軌道跡は途切れるのでスルー。
その先には割子川に架かっていた橋りょうの煉瓦橋台跡が残っています。
上の高架橋は国道3号線陣原付近から鹿児島本線の北側を通り、スペースワールド駅付近に抜ける黒崎バイパス。

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↓皇后崎側にも一部煉瓦橋台跡が残っています。奥に見えるのは西鉄皇后崎変電所。

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↓皇后崎電停跡は無くなっていました。(熊西側から望む)

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↓熊西方面を見たところ。

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線路跡を横断しているコンクリート蓋には高電圧的な文言が書いてあったので(うろ覚え・・)、
もしかしたら変電所からの電気が通っているのかもしれません。
ここから筑豊電鉄の分岐付近まではバラストが残る線路跡が続いています。

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この先は時間の都合で探索していません。
私の中では熊西〜黒崎車庫前〜黒崎駅前と続く時代で止まっています。
恥ずかしながら末期はあまり乗る機会が無くて、印象が薄いんですよ・・。
黒崎〜砂津が廃止になった時も近くに居ながら、鉄離れ中だったので乗りませんでした。
今思うと乗っておけばよかったなぁ・・と悔むこともあります(汗)
部屋の整理をしていると、廃止当日の新聞記事を大事に取っている封筒が出てきたので、
鉄分ゼロ生活では無かったみたいですが(笑)


西鉄北九州線跡/3

Category:廃線・未成線 コメント(0)
(つづき)

今度は折尾東口→陣の原方向に進みます。

折尾東口電停跡の陣の原側はこんな感じ。こっちも仮設道路が出来てました。

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この先、金山川を渡って、鹿児島本線・西鉄北九州線・国道3号線の並走区間へ進みます。
金山川鉄橋跡はパスして(汗) その先の避溢橋跡へ向いました。
↓草むしてて分かり難いですが、左側の柵があるところに橋台跡があります。

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細い歩道の先には鹿児島本線の「森松避溢橋」があります。
高さが異常に低くて、前から気になっていた所でした。今回ようやく行くことができました。後日UPします。

↓陣の原側から見たところ。柵が無かったら線路跡とわかりませんね。

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↓フルスピードで脱線しそうな揺れで爆走していた区間も草木に飲み込まれつつあります。

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この先、旗頭神社付近の煉瓦橋台や九軌杭、踏切跡は時間の都合でパスしました。スンマセン。

↓陣の原電停跡から折尾東口方向を見たところ。

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今まで気付かなかったけど、黒崎方面ホーム跡付近にこんな板が架けられた箇所があって、
よく見たら煉瓦構造物が残っていました。

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↓この付近でも西鉄杭が見られます。

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↓折尾方面ホーム側から東口方面を見たところ

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ホーム跡や屋根の支柱跡が残っていました。

左側にあるパン屋さんでちょっと遅めの昼飯用のパンを買いました。
実は初めて行ったんですが、なかなか美味かったです。
カステラパンと唐揚げパンが気に入りました。
14時近かったんですが、1組お客が入店して買い物を済ませて出ると、次のお客が入って・・みたいな感じで、
途切れることが無いように見えました。人気があるんでしょうね。
店に行くために路駐してた車がパトカーに怒られてました。行く際は気を付けて下さい(笑)

お店の袋では、まだ電停が健在でした。

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西鉄北九州線跡/2

Category:廃線・未成線 コメント(0)
(つづき)

西鉄折尾駅跡の煉瓦アーチ橋はまだ健在です。
ただ、折尾駅周辺連続立体交差事業工事に関連してか、筑豊短絡線を挟んで西鉄折尾駅側のアーチ橋はヤバいらしい・・とのこと。
ねじりまんぽがある東口側は今後も残るのでしょうか・・?
その東口側のアーチ橋は、手前の建物が撤去されたせいで丸見え状態になっていました。

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左側が「ねじりまんぽ」
気付きませんでしたが、右側のアーチは補強されていました。

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昔はこんな感じに何も遮るものが無く、駅のまで連続アーチが見えたんでしょうね。

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↓こちらは南側からの「ねじりまんぽ」

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↓筑豊短絡線から見たところ。橋桁を支えていた側は煉瓦が見えなくなる程、蔦?でビッシリ覆われていました。

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↓こちらは西鉄折尾駅側

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アーチ下(写真に見えている部分)に屋根が埋まっていた家屋は無くなっていました。
なかなか面白い光景だったんですが・・。

↓西鉄折尾駅跡下のアーチ橋。煉瓦のある裏路地の雰囲気ってイイですよね。

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我が家の場合、ばーちゃんも母も私も、今は亡きじーさんも親父もおいちゃん・おばちゃんも、
当たり前のように見てきた光景なので、この遺構が見れなくなると思うと寂しくなりますね。
しっかりと、記憶に記録に残しておきます。

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(つづく)



西鉄北九州線跡/1

Category:廃線・未成線

西鉄北九州線の折尾〜折尾東口付近、陣の原〜皇后崎付近を探索してきました。
メインは先日UPした「謎のねじりまんぽ」探索だったんですけどね。
探索の都合上、進行方向がバラバラなのはご勘弁・・。

まずは、折尾東口から折尾へ向いました。
線路跡に動きアリと聞いたので、恐る恐る近づいてみると・・・

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なんと、線路跡は道路になっていました。
右側は昔からある歩道。真ん中あたりの柵に黒崎方面行きのホームがありました。
しかし、どうも仮設っぽい作り・・。庵田さんから情報をもらいまして、実はこれだそうです↓
http://www.city.kitakyushu.jp/file/35060500/orio-n/o-no19.pdf

横の歩道を少し進むと、人ひとり分が通れる程の幅しかない道に煉瓦橋台が残っています。
ちょうど柵で挟まれた部分です。工事用仮設道路はここで中途半端に分断されていました。

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↓こんな感じ。

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↓そばには西鉄杭が残っています。

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この先、西鉄折尾駅までは踏切が5ヶ所ありました。
それぞれ柵で封鎖されていますが、工事用仮設道路が出来ていました。
踏切名はわかならいので、便宜的に東口側から順番に踏1〜5としますね。
上段/東口方面・下段/折尾方面と並びます。

●踏1

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●踏2

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●踏3

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●踏4

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●踏5

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全体的にバラストが残っていて、いかにも仮設道路って感じでした。
↓この近くには、こんなものが転がっていました。

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西鉄杭は結構残っていましたよ。

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煉瓦アーチの東口側は駐輪場になっています。
現役時代は写真の奥の方に西鉄折尾駅が見えていました。

nnr201006_05.jpg

ここまでの間、まだまだ鉄道を感じさせる遺構や街並みが残っていました。
廃止後、かなり経ちますが、ようやく動きが見え始めましたね・・。
(つづく)


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レンタルサーバーで「cron」の設定が出来るようになったので、予約投稿が出来るようになりました。
一日で複数の記事を一気に書き上げて、連日UPというインチキ更新が可能に(笑)
つづきはそれを利用します。


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