筑肥線旧線(虹ノ松原〜山本)/1

Category:廃線・未成線 コメント(3)
唐津シリーズその2
筑肥線旧線(虹ノ松原〜東唐津〜鏡〜久里〜山本)のプチ探索をしてきました。

●筑肥線旧線(虹ノ松原〜山本)/1 【虹ノ松原〜東唐津間】

まずは1977年度の空中写真で確認。

kara_048_air.jpg

旧・東唐津駅は頭端式で、博多・伊万里方面から来た列車は、この駅で進行方向が変わっていました。筑肥線電化の際に、未成線である呼子線の一部として工事が進められていた虹ノ松原〜唐津間が、筑肥線の新線として開業しました。同時に虹ノ松原〜東唐津〜山本間の筑肥線は廃止されました。この写真では、虹ノ松原から現・東唐津駅の間の高架橋工事が行われてるのがわかります。

写真の「撮影方向」と示したのが、

kara_074.jpg

旧・東唐津駅跡はホテル・駐車場になっています。まわりをグルグル廻っただけで細かく探索してません(汗) 川沿いの道路も構内の一部みたいだし、線路跡も松林に飲み込まれてるし、ここまで変わってしまったら何も無さそうですね。

次に博多・伊万里方面に分離していた付近。

kara_049_air.jpg

↓上記の空中写真内、丸1の虹ノ松原駅側にある踏切跡。

kara_073.jpg

縁石が残っているのですぐにわかりました。目の前には筑肥線の高架橋。
旧線が通っていた部分を見てみると・・・

↓虹ノ松原側

kara_071.jpg

↓東唐津側

kara_072.jpg

松林に飲み込まれてて、追跡する気になりませんですばい(笑)
「工」杭が1本だけ横たわっていましたが、旧線時代のもの!?
線路跡に育った松は少し幹が細い感じがしますね。自然に生えたものなのか、植樹したものかわかりませんが、どちらにしてもココまで育つ程、時間が経過しているんだなと感じました。

で、松林の中をトレースする気はサラサラ無いので、現・東唐津駅付近を探索。

↓空中写真丸2の付近から鏡側を見たところ。

kara_077.jpg

写真右側に現・東唐津駅があります。高架下からこっちに向ってカーブしてるのがわかりますね。

↓高架下のガードレールから旧東唐津側をみたところ。

kara_078.jpg

↓川を渡った所から東唐津側を見たところ。

kara_076.jpg

事前準備無し・空中写真の記憶のみで現地入りしたものだから、正確な位置がイマイチ掴めない中の探索でしたが、ここは斜めになった形状から、線路跡で間違いないなと思いました。
右隣にあるマンションの松林側に虹ノ松原方面の線路跡があったようですが、ホント、どこを見ても松・松・松だったのでよくわかりませんでした。写真も無しです。ただ、松林の中に細身の杭があって触診(笑)してみましたが、これもよくわからず・・でした。
分離点付近に移動してみましたが、これまた全くわかりませんでした・・。

次回につづく。

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コメント(3)

>blue fieldさん
旧・東唐津は私もあの現況を見て・・・パス同然の探索でした(汗)
とりあえずホテルのまわりをグルグルまわって、道路横の線路跡と思しき松林を見ただけです。
初探索だったので、隅々まで見れてません。
探索ポイントは恐らく皆さんがネットにUPされてる場所と同じだと思います(汗)
20世紀のうちに探索しとけば、まだ何かあったかも!?

>倫堕さん
虹ノ松原付近〜東唐津の車窓は、ホント、松ばっかりだったでしょうね。
確かに木の生長にはビックリしますね。漆生線もそうだったし、宮原線も強烈でしたね!
旧線が現役の頃は私はまだ小学生。さすがに乗ったことはありませんねぇ。
時刻表上で脳内旅行はしてました。急行平戸に乗って(笑)
当時の東唐津は今の東唐津からは想像出来ない規模だったみたいですね。
呼子線の計画が無かったら、今も存続してたでしょうかねぇ?(妄想・笑)

廃線の少し前に乗ることができました。
延々と松林の中を走った記憶がありますが、かなり海側だったんですね。
あれから27年・・・漆生線でもあれだけの木が成長してるので、もっと前に廃止になった路線は
推して知るべし、ですね。

あれだけ大きな駅が廃止された・・・のは驚きでした。(東唐津の事です)
車両基地もあったし、同様の例はそうないと思います。

昨年こちらに出張することがあり山本~鏡間をウロウロしました。さすがに東唐津駅周辺は何も残っていないだろうな~ということでパスしました。。。
次回の内容に期待!!

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